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2010-06-22(Tue)

五行風水記~クマとハルカ~桜の下

   
 始業式から数日が過ぎた夕刻。年月が経ち、飴色になった木製の渡り廊下の床を軋ませながら、久間良太郎は玄関へと向かっていた。
 二十数年前に建てられた校舎の渡り廊下の天井はそれほど高いわけでもなく、187センチという高校2年生としては育ち過ぎの感が否めない良太郎の頭上にあまり余裕はない。
 あとにしてきた道場の掃除は、部長の監督の下で新入生達がやっているはずだ。
 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下は、ちょうど上から見ると「ユ」の字の縦の部分にあたる。「ユ」の字の上側に体育館と道場が、下側に校舎の作りになっている。
 良太郎が出てきた道場の入口はその体育館側の角の部分にあり、そして玄関が校舎の比較的端の方にある。
 渡り廊下の上の方に設えられた、格子のはめられた大きくはない窓からは落ちかけたオレンジ色の西日が差し込み、長身の良太郎の顔を照していた。
 眩しさに眩んだ視線は、廊下の先にある水飲み場の、くすんだシンクの下にわだかまる宵闇に落ち着く。
 が、視界の端を掠め、残像を残した白く小さなモノが意識をくすぐった。
 戻した視線の先には、飴色の床の上に白い花びらと思しきものが一枚。その先には端の塗料の剥げかけた引き戸があった。
 引き戸の先は中庭へと通じているはずだ。三方を建物に囲まれ、校庭へと繋がるそこには一本の桜の木がある。
 通学路沿いに立ち並ぶ若い桜の木よりは、少しばかり年輪を重ねたその木は、今の時期、ちょっとした花見の場を生徒達に提供していた。
 こぶし一つ分開かれたままの戸口から入り込んだらしい花びらが、良太郎に中庭の桜の木の存在を思い出させる。
 飴色の廊下を細く照らす戸口からの西日に、良太郎の足が自然と止まった。
 ふわり、と頬をくすぐる様に入り込んだ柔らかい風が、一緒に運んできたらしい桜花の一片を、良太郎の着る濃紺のブレザーへと落としていく。
 まだ部活での練習の余熱が燻る身体には、ひんやりとした風が心地良く、それに誘われるように古びた戸に手を掛け、半ばまで開いた。

 はらり、はらり。

 戸口から少しばかり距離のある桜の木の下には、良太郎と同じ制服姿の生徒が一人佇んでいた。桜の花を見ているようだが、随分と雰囲気は寂しげだ。

 はらり、はらり。

 薄紅色の花枝が広がり、そこから不規則に揺れながら、止めどなく舞い降りる桜の花びら。
 濃紺のブレザーに灰色のスラックス姿は、良太郎と同じ性を持つはずなのに、その整った顔立ちとどこか寂しげに見える表情が良太郎の視線を捉える。
 顔立ちは見覚えがあるような気がするが、いまは記憶には繋がらない。しかし自分には馴染みのない感覚が、昔どこかで感じた寂しさだと気付いただけだ。

 はらり、はらり。

 時を数えるように、桜の花びらだけが枝から散り落ちる。
 桜に見入ったままの、彼の形の良い唇が何事かを呟いた。
 さらにゆっくりとその双眸が半ば閉じられ、彼の唇が桜木に囁くように何事かを紡ぎ続ける。
 不意にそれまで良太郎の耳に聞こえてきていた遠くからの喧噪が、数瞬途切れた。
 音が途絶えた時、良太郎の眼に映っていた光景は幻想的とも言える光景へと変わっていた。
 それまで不規則に散り落ちていただけの花びらが、今は生き物の群れの様にうねりながら風の流れに乗ってた。良太郎の方にも波打つように風が吹き寄せて来る。
 彼の差し出された腕の緩やかな動きに、花びらの群れは大きく膨らみ、さらにその大きさを増していく。
 良太郎の方へと吹き寄せていた風も勢いも次第に強くなっていく。
 口で何事かを紡ぎ続けるまま、彼の差し出されていた両手が重ねられ、ゆっくりとその胸元へ引き寄せられた。
 まるで小さな竜巻の様を見せる花びらの群れが、彼の濃紺の制服を螺旋を描くように掠めながら空へと立ち上っていく。
 眼にしている在り得ない光景に良太郎の喉仏がひくり、と一度動いてしまう。
 そして、柔らかい笑みを形作るように彼の唇が閉じられる。
 何かが唸るような微かな音と共に、螺旋を描いていた桜の花びらの群れが一気に解けた。
 解けたそれは建物へと向かい、そしてゆっくりと降り注ぐ。
 気が付けば、良太郎の耳には喧騒が戻ってきており、同時に僅かに残っていた西日がゆっくりと消えていく。
 ただ舞い降りてくる花びらから視線を戻した時、彼の姿はすでに桜の木の下からは消えていた。


 あれは誰だったのだろう。
 なんとなく姿形に見覚えがあり、良太郎と同じ制服を着ていたから、同じ高校の生徒のはず、だ。
 しかし、非現実的だったあの光景は、眠っている時に見た夢と同じ様に、時間が経つに連れて情景も印象もおぼろげで曖昧なものへと成りつつある。
 校内で生徒が集まる場所に行った時や教室を移動する際に、出来るだけあの時見た姿を探しては見たものの、見つけることはできなかった。
 数日が過ぎ、休みをはさんでしまった今では、探し出すことは半ば諦めつつある。
 それに明らかに非現実的だったあの光景に自分から関わることに、平穏と平凡からはサヨナラしてしまう可能性がないわけではない。平和に生きるにはこのまま忘れてしまったほうが、多分いい。
 規則的にレールの通過音をさせる電車に揺られながら、同様に揺られる他の乗客を頭ひとつ高い位置から眺めつつ、そんな風にぼんやりと良太郎は考えていた。
 電車の窓から遠くに見える、少しくすんだ色の雲の合間からビルへと差し込む日の光が、変わり映えのしない日常の始まりを良太郎に告げている。
 朝から授業を受けて、小腹が空いたらおやつを齧って、昼には母親の作った弁当を食べて、また授業を受けて、放課後は柔道部で投げて投げられて、の一日。
 吊革の並んだ金属のバーを直に掴んだ手の甲に額を押し付けると、ブレザーの袖で顔を隠すように込み上げてきた欠伸を噛み殺す。
 不意に、なんとなく眺めていたブレザーの袖越しの視界に違和感を覚えた。しかし、意識に引っ掛かったそれが何なのかはまだ判らない。
 良太郎が眇めた眼でじっと見ていると、しばらくしてからそれが何か解った。
 車両の壁に付けられた鏡。正確に言えば、そこに映る顔だ。
 縦に細長いそれに映っているのは、良太郎と同じ濃紺のブレザーに同じ学年を示す色のネクタイ。良太郎と違って真面目な性格なのか、ネクタイはきちんと結ばれている。
 しかし、鏡に映った黒縁メガネを掛けた顔は元々は色白だろうに、具合が悪いのか今は赤くなり、眉間にしわを寄せていた。時折、吐息をついた紅い唇は、すぐに何かを耐えるように固く結ばれる。
 乗降口から数人分離れた立ち位置のせいか、それとも混み合っているからなのか、彼は次の駅で降りることもせず、列車は高校の最寄駅へと向かってレールを鳴らし始める。
 彼の真後ろに立つスーツ姿の中年サラリーマンは鏡越しに見えているのかどうか、彼の表情の変化には気が付いてないらしい。
 やがて甲高い音と共にブレーキが掛かり、車両は良太郎たちが降りる駅へと緩やかに滑り込んだ。
 開かれたドアから吐き出された制服姿の群れが改札へと向かう中、良太郎の視線は自然と彼の姿を追い掛ける。
 やはり具合が悪いのか、彼はホームに並べられたベンチの一つにぐったりと座り込んだ。
 「あんた、大丈夫か?」
 電車の中から具合の悪そうな彼の表情を見てしまっている以上、なんとなくそのまま放ってもおけず、肩から掛けたバッグの位置を直すと彼に声を掛けた。
 ミディアムの無造作にまとめただけの黒髪がビクッっと震えた後、ゆっくりと持ち上がる。少し怯えたような顔をしていた。
 「……くま、くん?」
 少し掠れた声で呼ばれた自分の名前に驚きつつも、黒縁メガネの奥の瞳を捉えた。
 「なんか、電車の中から具合悪そうだったから……」
 「……背が高いから、キミには見えていた訳だ……」
 良太郎がそう気遣うと、彼からは思っていたのとは少し別の答えが返ってくる。汗が滲んだせいで額に張り付いた髪が鬱陶しいのか、彼の手がそれをかき上げた。
 部活用のバッグに入れていたタオルをそばの給水機で軽く湿らせると、黙ったまま彼へと差し出す。
 「……ありがと。」
 タオルの濡れた部分を額に当てた彼が、ベンチの空いたところを指さす。
 「……座りなよ。」
 頷いて座り、バッグは足元に下ろした。
 「僕は同じクラスの鎮守悠(しずもりはるか)。始業式の日に、一応の自己紹介はしたけど、印象薄いし、休み時間も教室にはいないから覚えてなかっただろう?」
 良太郎の顔に浮かんだ狼狽の表情に、鎮守が苦笑する。
 「まぁ、席もキミの斜め後ろだから見えないしな。」
 「……悪い。」
 すまなそうな良太郎の一言に鎮守は、気にしていないとばかりにヒラヒラと手を振った。
「僕さ……、痴漢に遭ってたんだけど、わかったか?」
 鎮守の口から飛び出た思いがけない台詞が、良太郎の目を驚きに見開かせた。
 「痴漢って、男、だよな?」
 「後ろにいたリーマンだと思う。高校生狙って痴漢が出るとは聞いていたけど、自分が狙われるとは思わなかったな……」
 触られた時の不快感を思い出したらしい鎮守の口からしきりにキモイ、キモイ、という言葉が洩れてくる。
 「先週の金曜も触られたんだ。」
 「……それって、もうロックオンされてるんじゃ……」
 顔をしかめた良太郎の言葉に鎮守が盛大な溜め息をついた。
 「公共の場で、そういうプレイはお断りさせて頂きたいのですが。」
 気分が落ち着いてきたのか、繊細で大人しそうな顔立ちに反して、強気にも冗談めいた口調でそう言ってくる。
 「落ち着いたんなら、取りあえず、学校に行かないか?」
 そう彼を促すと、良太郎は持ち上げた自分のバッグを肩に掛け、鎮守の通学用らしい革のカバンの持ち手を掴んだ。
  「タオル、あとで洗って返す。」
 改札を抜けたあと、良太郎の顔を見上げて鎮守がそう言ってきたので、軽く頷き返す。
 駅から高校の校舎までは、歩いて20分ほどの距離だ。
 「で、先生にでも相談してみるのか?」
 「……どうにかできるのか。二日続けてだったし、なんというか、触り方?が同じ感じだったから、同一人物っぽいし。常習者だったりしてな。」
 ロックオンはされてるよな?、確認するように鎮守は良太郎に返してきた。
 「キミにくらべれば小さいけど、173はあるし、特別可愛いわけでもないのに。」
 「ぱっと見で大人しそうに見えるからだろう?普通の、っていうのも変だけど、女を狙う痴漢は抵抗しなさそうな相手を選ぶらしいし。」
 「……不本意だな。」
 そう言うと鎮守は一つ溜息を吐いた。
 

 晴れた空の爽やかさとは対照的に悠の気分はどんよりと憂鬱だった。本当に痴漢にロックオンされていれば、今日も狙ってくるはずだからだ。
 緩やかな音と共に電車のドアが悠の目の前で開いた。
 乗客が何人か降りたあとに、車両へと乗り込む。
 「鎮守。」
 低いが良く通る声が呼んだ自分の名前に、反応して声のしたほうを向くより早く、悠の右腕が強い力で掴まれた。そのまま、有無を言わさない力で引っ張られる。
 ドンッと人の身体に当たった感触に、顔を上げると、そこには少し茶色掛かったショートの髪とスポーツ選手らしい精悍な顔があった。悠を見詰めた彼の瞳が黒というには少し茶色いことに気が付く。
 「……久間。」
 「同じ電車で良かったな。」
 悠に軽く笑ってみせると、良太郎は身体の向きを変え、自分より一廻りは小さな彼の身体を、向かい合うように自身と電車の壁の間へと立たせた。
 「……ありがとう。」
 「これなら、大丈夫だろ。」
 勘が良いのか、良太郎の意図するところを行為から察した悠の御礼に、良太郎が頷いた。
 ドアの閉じた電車は動き出し、すぐに聞き慣れた規則正しい音を響かせ始める。
 「数学の宿題やってきたか?テキストの。」
 悠の考えも都合も聞かずに、やってしまった良太郎の行為の意味を汲み取って礼を言ってくれたものの、その先を切り出せないままでいると、悠の方からそう聞いてきた。
 「やってるうちに眠くなったから、半分くらいしか解いてない。」
 「ふうん……見せてやってもいいけど、御礼に。」
 苦笑いを浮かべた良太郎の顔を、悠が少し小首を傾げて見上げた。
 「解らなかったら、頼むよ。」
 「17ページの三問目は少し面倒だったな。」
 「そうか。」
 と、電車がカーブに差し掛かり、少し傾いだ車両のせいで、背後の乗客に押された良太郎の身体が少しだけ悠の方へと動きそうになる。
 カバンを支えてない方の手を壁に付いた良太郎は堪えるが、心持ち悠へと寄ってしまう。
 ブレーキ音が響き、電車の速度が落ちて行く。
 「もうちょっと寄ってもいい。次で人増えるし。」
 良太郎は頷きながら、車両の滑り込んでいるホームへと視線を巡らせると、分かってはいたがそこには結構な通勤客の姿が見えた。
 電車が止まってドアが開くと、予想通りに乗客の動きに押された良太郎の身体が悠の方へと押されていく。
 乗降口付近はどうしても混み合うから仕方がないと言えば、仕方がない。
 それでも鍛えた両腕を壁に着いて、悠の為に空間を維持しようとするが、結局それほどの隙間は作れず、密着しないようにするのが精一杯だった。
 二人の身長差だと悠の黒い髪が良太郎の鼻先をくすぐる。ふんわりと立ち上ってくるのは、使っているシャンプーの匂いなのか、石鹸に似た匂いの中に少しだけ甘さ覚えさせるような、そんな匂いだった。
    
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テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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自分の書いてるものはオリジナルBL小説ライトノベル風味じゃないかと思います。

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