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2010-07-26(Mon)

五行風水記~クマとハルカ~長い夜

  
 臍の下の丹田に力を込めて、そこから汲み上げた『気』を両腕に伝え、さらに手の内の得物へと流し込む。
 ふらふらと良太郎の方へと向かってきた幽霊兵士に、袈裟がけのように棒を振り抜いた。
 ぐにゃりとした濃密な空気のような手応えが伝わってきて、幽霊兵士の動きが止まる。得物が通り抜けた軌跡でその姿が二つに分断され、グラウンドの上へと崩れ落ちた。
 どうやら良太郎が相手をしていた幽霊兵士が最後の一体だったようだ。ようやく押し寄せてきた幽霊兵士の姿が途絶え、校舎の壁からのライトに照らされたグラウンドには、輪郭を淡く滲ませた幽霊の身体のパーツが散乱していた。
 前の時にも思ったが、血が出るような相手であればさぞかしスプラッタな光景だろう。
 微かに疲労を感じ始めた頃、気が付けば良太郎の着ているシャツは、脱いで絞れば汗が滴りそうな状態になっていた。
 前衛の火村も良太郎と似たような状態で、きっちりと白装束を着こんでいる悠と藤代も額に汗を浮かべている。まだ涼しいとは言い難い時期だけにあの格好は暑いはずだ。
「これくらいでいいか?」
 確認するかのように訊いた火村に、藤代が頷き返した。
「ハルくん」
「はい」
 藤代に名を呼ばれた悠が数歩前に出ると、漆黒の錫杖を胸の前に構え、さらに開いた左手を添えた。
「風よ、風の御霊よ。空の奥底、天翔ける、汝ら風の御霊よ。」
 悠の口から流れてくる『言霊』が良太郎の耳に届き、その肌で感じ取れる程に空気が動き始める。
 普通は目には見えないはずの風の流れが、悠の『言霊』が紡がれていくに連れて、わずかに白い光を帯びていく。 伸びかけた緑の芝生が風の流れに波打ち始めていた。
 良太郎には風が大きく渦を巻きながら空へと昇って行く様が見えて、それはまるで戦闘で昂った感情を宥めるように皮膚の上を穏やかに撫でて行く。
 しかし、張り詰めていた緊張感が解けていくのを感じながらも、外界へと向けていた感覚に不意に何かが引っ掛かった。
 それは『言霊』を紡ぎ続ける悠の方から感じ取れるが、何かははっきりとは解らない。
 風の流れはその速さを徐々に上げていっている。
 一抹の不安を覚えさせる感覚に、良太郎はなんとなく火村達の方に顔を向けた。
 良太郎の表情に気が付いた火村が何か言いたげに口が開いたが、すぐにその視線は悠の方へと吸い寄せされるように動いた。木刀を下げたままだった右手がゆっくりと持ち上げられる。
「まずい」
 火村の視線につられて振り向いた良太郎の耳にそのセリフが聞こえてきた時には、すでにそれは動き始めていた。
 空気に溶けるように、姿を朧なものへと変えつつあった幽霊兵士のうちの一体が、腹のあたりで分断されている身体をその腕だけで起き上がらせると、悠の方へ意外に素早い動きで進んでいく。
 『術式』の為に意識を集中している悠には、おそらくその動きは見えていない。
「ハルカッ!」
 良太郎は思わず名を呼ぶと同時に、手の中の棒の持ち手をとっさに変えながら、数歩踏み出す。これで自分の武器の届く距離に入るはずだ。
 地面を前進してくる上半身だけの幽霊兵士の進む方向と交わる様に、良太郎は『気』を込めながら腕を振り上げた。
「……白き清めの風となりて、我望みしこの学び舎より、彼の者らが想い、そのすべて解き放て。」
 浄化の為に紡いでいた悠の『言霊』の最後の一音が唱えられるのと同時に、手を地面についた幽霊兵士が飛びあがった。
「なっ!?」
 タチの悪いホラー映画でも見ているようなその動きに、良太郎はなんとか振り始めた得物の軌道を修正する。
 しかし、良太郎の振り抜いた棒の先は、浄化の術式の効果で消え始めていた腹に当たったせいか、宙を飛ぶように進む身体の勢いを殺しきれない。
 幽霊兵士の上半身はそのままの勢いで、悠の身体にぶつかるようにしがみ付いた。
 錫杖を構えた悠の腕が一瞬揺れる。表情は良太郎からは見えない。
 ピシッピシッピシッっと聞き覚えのある音がしたのと同時に、錫杖の先から形代が割れ落ち、巻き上がっていた風の流れが止まった。
「ハルカッ!」
 良太郎が悠に近寄ろうと踏み出した途端、今度は逆に風が吹き付けてくる。その強さに思わず顔をしかめたところで、一瞬遅れて鼻に届いた匂いは記憶の中の何かを刺激するような、そんな匂いだった。
 遠くで何かが唸るような音を聞いたのと同時に、視界の中で悠の身体にしがみついていた幽霊兵士の身体が風に溶けるように消えていく。
 風の流れが最後にふわりと悠のまとう白装束の裾を揺らすと、その場に静寂をもたらした。
 構えていた悠の手が力なく下がると同時に、カラン、と乾いた音を立てて、右手から錫杖が地面へと落ちる。
「ハルカ?」
 そばに近寄った良太郎が声を掛けるのと同時に、その場に悠ががっくりと膝をついた。
「ハルくん!」
 良太郎の傍らを駆け抜けた藤代が悠の肩に手を掛けた。
「大丈夫かい?」
「……少し、あてられたみたいです」
 そう藤代に答えた悠の顔色は血の気を失ったように白い。それに良太郎から見ればまるで病人のように覇気が失われている。
「もしかして、『魄気』に素手で触ると良くないってこういうことですか?」
 地面に転がる錫杖を拾い上げた良太郎が、前にそう聞かされていたことを思い出して訊いた。
「そうなんだ。ハルくんは『護り人』だし、接触していた時間もほんの少しだったから、これくらいで治まっているって言ってもいい。たぶん、普通の人間なら今日明日にでも自殺する」
「ちょ、どうすれば、」
 頷いた藤代の『自殺する』という言葉に、良太郎は自分でもサーッと音に聞こえた思うくらいに一気に血の気が引いたような気がした。
「明日の朝まで誰か付いて居ないと。ものすごいネガティブ思考になっているから、大変だけどね」
 歯に衣着せない藤代の言葉に、悠が苦笑いを浮かべたのが良太郎には見えた。
「とりあえず撤収するぞ。鎮守、立てるか」
 火村の冷静な言葉に頷いた悠は立ち上がったものの、すぐにふらついて藤代に支えられた。『魄気』の塊は精神だけでなく身体にも影響を与えるらしい。
 生気をなくしたような悠の姿が良太郎の胸を痛ませた。どうして身体ごと庇ってやらなかったのか、使い始めた棒術でなんとかしようとしたのがそもそもの間違いだったのかと、後悔ばかりが込み上げてくる。
「藤代さん、俺が抱えますから……」
 身長は高くても、細身なのは変わらない藤代から悠の身体を預かると、代わりに木製の武具を渡した。
 何も聞かずに膝の裏に腕を通して抱きあげると、悠は素直にその身体を預けてきた。されるままに首に腕を廻してくる。
「ごめん……」
「気にするなよ。俺の方こそ、読みが甘かった。すまん」
 小さく聞こえた悠の言葉に、良太郎は慰めるように謝るように、そう囁いた。

「夜分遅くに申し訳ありません。藤代ですが……」
 ワゴンの助手席に座った藤代が携帯で話している相手は、悠の親だった。
 『護り人』としての活動を家族には伏せている手前、夜に出歩く必要がある時は大学生の藤代に勉強を見てもらうということにしていると前に聞いたことがある。
 『魄気』の影響で自ら死を選びたくなる程にネガティブになっている悠を、そのまま家に帰す訳にはいかない。
 そう判断した火村と藤代は、今晩は悠を自分たちのところに連れて行くことに決めていた。
 会話の様子から藤代は、悠が疲れて眠ってしまったのでそのまま泊める、ということですんなりと許可はもらえたようだ。
 以前から聞いていた家庭環境的にも、あんな状態の悠をそのまま家に帰してしまうことに不安を覚えていた良太郎としては、少し安心してもいいだろう。
 良太郎と一緒に後部座席に座る悠は、ぼんやりと窓の外を眺めている。白装束を着替えることも億劫らしく、まだそのままの格好をしている。
「さて、こっちはこれでよしと。……クマくん、今日はうちに帰らなくても大丈夫かい?」
 助手席から振り返った藤代が、良太郎にそう訊いてきた。 
「はぁ、家に連絡すれば大丈夫だと思いますけれど……」
「じゃあ、一緒に来てもらえるかな?ハルくんは僕の部屋に連れて行こうと思うんだけど、火村はこのあと用事があるし、僕は明日提出のレポートが終わってなくてね。出来ればキミに付いていてもらえるとうれしいなぁ」
「いいですよ」
 藤代の言葉に火村が顔をしかめた様な気がするが、良太郎は頷いて見せた。
 悠に対して、もはや純粋な好意とは言えない恋心を抱く良太郎としては、出来ることなら自分が付いていてやりたいと思っていた。自分の目の届かないところで何かあれば、絶対に後悔するのは解り切っている。どう言えば、変に気取られずにそばに居られるかと考えていたところだった。
 すぐに良太郎は携帯から家の電話に掛けると、今日は柔道部の先輩のところに泊る、と伝えた。電話に出た母親からはお決まりのように、ご迷惑お掛けしないようにね、と言われただけだった。
「じゃあ、行くぞ」
 良太郎が携帯で話し終わるのを待っていた火村がそう言うと、ワゴンのエンジンを掛けた。

 連れて行かれた藤代の部屋は、高層マンションの最上階だった。場所も良太郎が知ってる中でも、割と大きな駅の前にあるところで、大学生が一人で住むには贅沢な感じが否めない。
 落ち着いた色合いの内装が高級感を醸し出していて、不躾だと思いながらもあちらこちらを見回してしまう。
「おなか空いてるよね?ピザならまだデリバリーしてもらえるから、頼もうか」
 何か食べたいものあるかい?と藤代に尋ねられた悠は、黙ったまま首を横に振った。
 相変わらず表情は暗いままで、車の中でも一言も発していない。
「そっか。じゃあシャワー浴びて着替えておいで。適当に頼んでおくし。クマくんは?何かリクエストあれば、頼むけれど……」
 反応の鈍い悠の背中を押して、バスルームの方へと送り出すと、困ったように笑った藤代が良太郎にそう訊いてきた。
「ええと、肉が食いたいです」
 着替えの入ったトートバックを持った悠が、とぼとぼと廊下をバスルームのある方へと歩いていく。
 それをじっと見送った後、何か言わないと、と思った良太郎の口から出てきたのはそんな言葉だったが、それでも藤代は笑って頷いてくれた。
「じゃあ、サイドオーダーでナゲットか唐揚げみたいなやつも頼もうか」
「あ、エビやホタテの海鮮使ってるやつならハルも食べるかも。あとサラダとアップルパイとアイスもあれば」
 良太郎の注文の細かさに藤代の目が少し驚いたように見開かれたような気がするが、仕方ない。腹が満たされれば、それだけでも気分は落ち着くだろうし、好きな物なら食べる気にもなるだろう。
「了解。ピザは四種類で一枚のにしておこうかなぁ。とりあえず、何か食べれば少しは落ち着くだろうしねぇ」
 藤代も考えていたことは良太郎と同じだったようだ。
 だいたいの注文を決めたようで、藤代は携帯を取り出すと通話ボタンを押した。
「エビの揚げたのも頼んでおこうかなぁ。確かハルくん好きだった気がするし……」
 通話の繋がったらしい藤代が注文を始めた。
 バスルームの方からは悠がシャワーを使い始めたのか、不規則な水音が聞こえ始めた。なんとなく気になって、その音に耳をそばだててしまう。
「そんな心配な顔しなくても大丈夫だよ。もともとそんな急に危ないことをするような子じゃないから。それに今日は家にそのまま帰す方が危なかっただろうしね」
 通話を終えた藤代が、バスルームの方を見ていた良太郎にそう声を掛けてきた。
「ハルくんの家のこと、少しは聞いてる?」
「はい。里に行った時に」
「そっか……。まだ大丈夫だと思うんだ。自分でも家にいる方がマズイって判断出来る状態だから。ここに来ることも反対しなかった訳だし」
 言われてみれば、その通りだと良太郎は気が付いた。おかげで少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
「三十分くらいで、お届けに上がりますって言ってたから。ハルくん出てきたら、次はキミがシャワー浴びるといいよ」
 すっきりしてからの方がゴハンは美味しいだろうから、と藤代が良太郎に微笑んで見せた。

 良太郎がシャワーを浴びてバスルームから出てくると、リビングのローテーブルの上にはすでに届けられたピザやサラダが並べられていた。
 藤代のパジャマを借りた悠が座った前には、バニラアイス乗せられたアップルパイらしきものが置かれている。
「クマくんもお茶でいいかな?」
 立ったままで濡れた頭をタオルで拭いていると、藤代がそう訊いてきた。
「あ、はい」
「温かいうちに食べるといいよ」
 そう言いながら藤代は、こぷこぷこぷと風呂上がりの人間には魅力的な音をさせながら、ペットボトルからグラスに液体を注いでいる。
 悠の斜向かいに良太郎が腰を下ろすと、その前に取り皿とお茶を注いだグラスを置かれた。
 藤代に軽く頭を下げてから、グラスに口を付ける。
 咽喉が乾いていただけあって、ただの麦茶でも十分に美味く感じられてしまう。
 置かれていたペットボトルを持ち上げて、空になったグラスに二杯目を注ぎながら、良太郎はちらっと悠を見た。
 シャワーを浴びて着替えたせいか、さっきよりは悠の多少気弱な感じはなくなったものの、やはりまだ生気に乏しいように見える。
「少しは食ったのか?」
「……エビの揚げたのとサラダは食べたよ」
 そうは言われたものの、ローテーブルの上に並べられたそれらを見れば、それほど減っているような様子も見られない。
 声を出すのも億劫そうにしていた先程に比べれば、良太郎が訊いたことに答えられるくらいにはなっているようだから、多少はマシにはなったのかもしれない。
 少しだけほっとしたところで、良太郎も急に空腹感を覚えて、ピザへと手を伸ばした。
 器用に解体したアップルパイにバニラアイスをのせて食べる様は、洗い立ての髪にパジャマ姿ということもあって、普段見ている悠よりは幾分幼く見えた。

 空腹を満たした良太郎が悠と一緒にあてがわれた部屋は、玄関からリビングへと向かう廊下の途中にあった。
 中に入ると、シングルベッドの他に布団がワンセット用意されていた。
「じゃあ、あっちでレポートやってるから、何かあったら呼んで」
 そう言うと、藤代は良太郎と悠を置いて出て行ってしまった。
 状況が状況だけにあっさりと寝てしまう訳にもいかないし、悠の様子が気になってしまって、良太郎としては落ち着かない。
 悠にベッドを使うように言って、その横の床に布団を敷いた。
 普通サイズのシングルベッドでは、さすがに高校生としては規格外の体格だとはみ出てしまう。
 それに同じ布団やベッドを使ったとしても、眠ることも触れないでいることも良太郎にはもう出来そうにないように思える。
 ベッドに座った悠の横に、良太郎は身体が触れるか触れないかの微妙な距離で腰掛けた。その重さを受けたベッドが、ミシッと軋んだような音を立てる。
「気分はどうだ?大丈夫か?」
「うん、まぁ、なんとか。……でも、話には聞いていたけど、結構キツイな、これ」
 意外にも素直な言葉が悠の口から出てきた。そして、ふぅ、と溜め息のような吐息をついた。
「僕が接触したのなんて、ほんの短い時間なのに。まるで生きる為の全部が面倒で、イヤになってくる感じだ。『護り人』が『魄気』を管理してる意味が良く解った。こんなにマイナス方向に一気に感情を持って行かれたら、普通の人間は死にたくもなる」
 俯いたままの悠が、冷静に自分の精神状態をそう説明した。
 そうしてまた身体の内側から何かを逃すように、ふぅ、と息を吐く。
 痛ましい様子が良太郎に切ない想いを抱かせ、思わず悠の左手を自分の右手で握り込んだ。本当はぎゅっと腕の中に抱き締めてしまいたいが、今の良太郎にしていいことはこれくらいだろう。
「……くま」
「ん?」
 何か言うことを躊躇っているような気配が伝わってくる。良太郎の手が少しだけ力を込めるように悠に握り返された。
「……結構、限界かも」
「うん。無理しなくていいからな」
 正直に告げられた悠の言葉に、なるべく冷静に聞こえるような声でそう答える。
 悠を心配する気持ちがあるのは勿論だが、同じくらいに弱った悠に頼られることが嬉しいと感じてしまう。そう感じてしまうのが止められない。
 こてん、と悠が良太郎の肩にもたれるように寄り掛かって来た。
 また、悠が軽く息を吐く。
「少しだけ、甘えさせてもらっても、いいか?」
 辛そうな気配を声に滲ませながら、悠がそう言うのが聞こえた。その気配も声色も、良太郎の中から溢れ出るんじゃないかと思うくらいに守りたいという気持ちを膨れ上がらせる。
 高揚した気分にも似た充実感が良太郎の心も身体も満たしている。悠の望みはなんでも叶えてやりたいと、ただそれだけを思ってしまう。
「どうしたい?俺がちゃんと聞いてやるから」
 耳に届いた自分の声は、良太郎自身が滑稽だと思えるくらいに柔らかく、そして甘さを帯びていた。
 悠の肩に腕を廻すと、自分の方へと抱き寄せる。
「くま……」
「ん?」
「……もう、楽に、なりたい」
「うん」
「どうして、僕ばっかり……」
 呟くように聞こえてきたのは、おそらくずっと言うまいと秘めてきた悠の本心だった。
「くま……」
 良太郎の胸板に額を押し付けるようにしてから、悠が名を呼んでくる。
「うん」
「どうして、どうして、僕ばっかり……」
 もどかしげに身体を寄せてくる悠を受け止めながら、良太郎は何を言ってやれるのか考えを巡らせるが、優しくしてやりたいと思う感情とは裏腹に、思いつく言葉はどれも気休めにしかならないようなものばかりだ。
「も、やだ、こんなの……」
 エアコンが効いた部屋の空気はちょうど良い温度でひんやりとしているはずなのに、感情が高ぶったせいなのか、悠の肌が触れている部分が随分と熱っぽく感じられる。
「僕は、どうすればいいんだ……」
 何もしてやれないもどかしさに、良太郎は思わず悠を抱き締めた。そうしてやることしか出来なかった。
 不意にピッという場にそぐわない明るい音がしたかと思うと、天井のシーリングライトが消えた。
 どうやら良太郎か悠が動いた時に、ベッドの上に置いてあったリモコンに身体が触れてしまったようだ。
 明かりはカーテンから忍び込んでくる遠くのビルからの照明だけという暗闇の中で、悠の苦しげな呼吸音だけが聞こえてくる。
「小さい頃から、他人に見えないものを見て、聞こえないものを聞いて、人の汚い欲望ばっかり突き付けられて、友達なんて誰もいなくていつもひとりで」
「うん」
「なのに親は僕の話を聞こうともしないで、自分の欲ばかり叶えさせようとして」
「うん」
「自分の将来の為だからと思っていい成績を取れば、それは同時に親の願いを叶えることになる。でも僕の願いは聞いてもらえない。僕はこんなに苦しいのに。あの人たちが自分のことのように自慢をするたびに吐きそうになる。やるせない気持ちでいっぱいになる。僕は……僕は……あの人たちの何なんだ?……欲を叶える道具なのか?それとも老後の保険か?……これじゃ、何の為にこの世界に生まれてきたのか、僕にはわからない……!」 
 悲鳴のように吐露されていく悠の抑え込まれていた感情に、自分の中にあった甘さを帯びたものが瞬く間に消えていく。良太郎には慰めになるような答えのひとつも言ってやることも出来なかった。
 自分の親にとって、自分という存在がどういう意味を持つかなんて、良太郎は考えたことはない。正確に言えば、考える必要がなかったというところだろう。例え実感することが出来なくても、それが家族からの優しさを受け取って育ったという証拠なのかもしれない。
 何故そこまで親との関係に拘るのか、疑問がないわけではない。しかしそれこそが親との関係性を示しているのかもしれない。愛されていると疑う余地のない関係と愛されていないのかもしれないと疑ってしまう関係の差なのだろう。満たされている故にそれを自覚出来ず、満たされない故にそれを自覚させられてしまう。
「考えても、考えても、答えは出なくて、出なくて……もう僕は楽になりたい……楽になりたいよ、くま……」
 疲れたような切ない響きをまとわせた声が良太郎の胸元で呟き続ける。自分の胸の内を痛ませる切なさごと、良太郎は悠を抱き締めた。
「僕だからこの人生を死なずに生きることが出来るって、そうやって自分をごまかしてきたけど、もういっぱいいっぱいだ。誰かがやらないといけない役割で、僕だから出来ることなんだって、そう思ってきたけど、もう……」
 自暴自棄にならないようにそんな風に考えて自分を保ってきたのかと思うと、余計に切なくなってしまう。
「ハルカ……お前は頑張ってるよ。頑張ってるから。俺はちゃんと知ってるから」
 慰めるようにゆっくりと背中を撫でてやりながら、良太郎はそう囁いた。
 他に何を言ってやれるだろう。そう考えても綺麗に飾られた言葉は何ひとつ良太郎には思い付かない。
 出てくるのは、偽りのない自分の本心だけだった。
「俺はちゃんと知っているから。それにお前はひとりじゃない。俺がいるから。俺がそばにいるから」
 悠に伝わる様に、同じ言葉を幾度も繰り返す。
 そうやってどれくらいの時間が流れたのかわからない。しばらくそうしていると、もぞりと腕の中の身体が動いた。
「久間にはみっともない所ばかり見られてるな……。こんなんじゃ、飽きれて嫌われる」
 吐き出したことで少しは楽になったのか、掠れた声で聞こえてきた口調はいつもの悠と変わらないものに戻りつつあるようだ。でもまだ考えはネガティブな方向に向いているらしい。
 それでもいじらしくも聞こえてしまった言葉に、思わず口元が綻んだ。
 細身の身体を抱えながら、良太郎はヘッドボードに寄り掛かった。悠の身体を自分の左半身で抱き留めるように体勢を整える。
「嫌ったりなんてしない。逆に俺は嬉しいし、安心もしてる。お前にもちゃんとそういう所があるんだってな」
「……久間」
「まだ高校生なのに、いつも落ち着いてられるって方が変じゃないか」
 良太郎のその言葉に、少し間があってから言葉が返ってくる。
「そうか……そうなのか……」
「前にも言ったろう?我慢ばっかりしてると癖になるって」
「うん」
「俺の前だけでも我慢するのはやめろよ。俺はお前がいろんな顔を見せてくれる方がいい」
 自分でもどこからそんな言葉が出てくるのか不思議になるくらいに、今度は言葉が出てきた。
 言いながら、でもそれが正しい言葉だと良太郎には納得出来る。
「溜めこまないで、もっと俺に言ってくれ。俺はその方が嬉しい」
「……ウザくないのか?」
「ないない。ハルにはそう見えないかもしれないけど、俺、お前と知り合って話すようになってから、いろいろと考えるようになった気がする。だからもっといろいろ聞かせて欲しい」
 もっとも、考えるようになったことの大半は悠に関してのことだとは言えない。知られたらこうやって身体が触れるようなことは、絶対になくなるようなことを考えるようになったなんて、もっと言えないことだろう。
「久間」
「ん?」
「ありがとうな」
 少しの照れが混じったような声が小さく聞こえた。
「いや、いいさ、これくらい」
 そう言ったきり会話は途絶え、すぐに悠が欠伸をするのが聞こえた。
「眠い……」
「うん」
「背中があったかいっていいな……安心する……」
 気が付けばいつの間にか、悠の背中がちょうど良太郎の脇に収まるような位置になっている。
 そう呟いたのが聞こえ、直に穏やかな寝息が良太郎に伝わってきた。

 
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テーマ : 自作BL連載小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

水鳴沢

Author:水鳴沢
自分の書いてるものはオリジナルBL小説ライトノベル風味じゃないかと思います。

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